プロフィール

初めまして、oshishouです。

 

せっかく見ていただいているので、

就活のエントリーシートよりも濃い

自己紹介、PRをします笑

 

院生になるまでの生い立ち

幼稚園や小学校の頃は、転勤族の元で引っ越しを繰り返してきました。

関東、九州、四国を経てまた関東へ戻りました。

 

生まれてから幼稚園まで

ミルクを飲んでは泣いて、おむつ変えさせて~と、とっても親を困らせていたみたいです。

そんな私も千葉県で幼稚園に入園しました。

入園するも親離れできず、

始めの頃は「行きたくない!」と泣きじゃくっていたそうです笑

 

幼稚園の頃から、ガジェット好きの父親の影響でパソコンを触っていたみたいです。

水泳を始めた時期もこの頃です。

 

小学生時代

佐賀県で小学校に入学しました。

数年間佐賀で過ごしていました。

佐賀は、とってものんびりしているところでしたよ。

 

帰り道にドブ川に笹舟を流したりしてました。

今住んでいるところじゃ考えられない環境ですね。

駄菓子屋さん兼八百屋さんが通学路にあって友達とよく寄っていました。

 

昼休みなどは、屋根に近い図書室で「はだしのゲン」をよく読んでいました。

 

当時は、遊戯王カード、笑う犬シリーズ、ベイブレードで生きていました。

テレビゲームは美容室を経営している友達の家でスマブラをやっていたかな。

ゼルダの伝説時のオカリナが、ぼくらの中で名前通りレジェンドでした。

 

この頃に柔道を始めました。

柔道教室にいた、やたら強い女の子が、

実は同じ小学校の先輩だった時は衝撃でした。

大掃除の時、初めて上級生の解を利用したんですが、

流し台でたまたま対面したんですよね。

話しかけたのか話しかけられたのかはもう忘れてしまいましたが、

あの時すごく緊張したのを覚えています。

怖かったもん笑

 

小学校時代2

その後、高知県の小学校へ転入しました。

転校するのはとても辛かったですが、なんだかんだうまくやってましたね。

地元の名士?のようなすごい広い土地もってる親を持つ友達とすぐに仲良くなり

転校初日から山の中で遊んでいた記憶があります。

 

そうだ、この頃初恋しました!

今でもいい思い出です!

 

高知県では、「紙ヒコーキ」を長い渡り廊下で飛ばし合っていた記憶があります。

この頃までは外で遊ぶアクティブボーイだった。

この頃、初めて男同士でガタイの差を感じるようになったのを今思い出しました。

極真か何かやっていた友達に絶対勝てないことを感じました。

人生初めての”壁”ですかねー。

 

64のムジュラの仮面、PS2のエースコンバット4(自分の中で神ゲー)にはまっていました。

小学校3つ目

ついに、もう住んで10年以上になる、神奈川にやってきました。

転校はもう慣れてましたが、転向してすぐわけのわからないやつに絡まれました。

そういうことが今まであまりなかったのですが、

柔道をやっていたこともありうまく対応できました。

皆さんに伝えたいのですが、武道って護身面でも自身をつけるという意味でも大切だと思います。

 

神奈川は、学生も生徒も変わった人ばかりでした。

詳細は割愛しますが、両親にも学校にもとても迷惑をかけていたと思います笑

詳しくは今度お会いした時にでも。

 

この頃の友達からは、携帯電話を持ち始めていたため

今でも連絡がとれるんです。

私の場合は携帯を持たせてもらえなかったので、

今で言うwifi通信のみの端末を親に借りていました。

(この頃から白ロム使ってたってすごくないですか?笑)

 

携帯電話の普及が遅かったせいで、

佐賀や高知の友達はほとんど失ってしまいました。。。悲しい。。。

 

 

小学校の同級生は”お受験”する人ばかりでした。

半数以上が私立行ったのかな~、特殊な環境ですね。

1校も受験もしてないくせに誰かに「○○中学受かったわww」みたいな冗談言ったら

瞬く間に校舎中に広がった思い出があります。

 

みんな小学生ながらに周りの進路、学力の差に興味津々だったみたいです。

みんなプライドが高いなー。

 

中学校

ゴリゴリのヤンキーになることもなく、地元の公立に進学しました。

私立受験も考えたのですが、やはり親にとっての負担、つまり学費が高いこと、

そして独学では”中学校から入学する価値があるような

超上位校”に受からないと思ったため断念しました。

 

部活は小学校の知り合いが多かったため何も考えずにtable tennis。

実態は土日はまずサボり、部室でモンハンやメタルギアをやる部活でした。

県大会?くらいの大会に出ることができたにもかかわらず、サボりすぎて

私自身がそのことを知らなかったし、私が出れることを誰も教えてくれなかったこともありました。

 

とても環境のよい中学でした。

私が入学した時期には荒れている世代が消えたそうで、

結局私が卒業するまで荒れることは無かったです。

しかし、私の素行が悪いのと、一癖も二癖もある同級生が多かったため

”指導室”に呼ばれたり”○者面談”なんてものがよく行われました。

 

大学に入ってからこの中学校へ教育実習に行ったのですが、

当時の教員からも「え?なんでお前来るの?先生になるの?ww」とか

一緒に教育実習する仲間からも「お前と一緒に実習やるの不安すぎ、問題起こさないで」とか

散々なことを言われたのが記憶に新しいです。

 

”女と遊ぶことは女々しい”みたいな空気が中学校内にあり、

学校内ではいい青春を送っていませんでしたね。

塾とか、外の環境で楽しんでいた気がします。

「くりぃむしちゅーのANN」でくりぃむ二人にめちゃくちゃ共感しました笑

結構同じような人いるんじゃないですか?

 

この頃から身長が伸びなくなりました笑

 

高校

その後、工業高校に入りました。

中学時代の勉強は不自由なくしていたのですが、

「国語の文章題の正解が納得行かない」

「歴史そのものは好きだけど、受験が暗記ゲーすぎて嫌い」

「どうせ行くなら面白い高校行きたい」

などの理由により工業高校に進学しました。

 

情報を専攻とするんですが、プログラミングがどうも苦手で。

結局そんなに伸びることなく、電子回路の知識をそこそこつけて卒業することになりました。

いまでも、プログラムそのものを考えることよりも、

デザインや発表の仕方を考えるほうが好きだったな、と思っています。

 

大学と大学院

その後工業高校を出て、理系の大学に入りました。

入学当時はある映画の影響で学科を選択し、勉強するぞーって感じだったんです。

しかし、大学の授業といえど初めは高校の延長線上みたいなものでした。

特に私の場合工業高校だったため、それが顕著でした。

1年も経たないうちに、”大学の授業=面白くない”みたいな思いが頭のなかにあったと思います。

 

 

部活は軽音楽部。これまた新しいことに挑戦してみたかったんです。

バンドを組む周期がハード過ぎて、コピーが嫌になることが多々ありました。

だからあんまり上達していません笑

しかし、部員とは今でも付き合いがあり、とても良い時間を過ごせたことは事実です。

 

イマイチな恋愛やパズドラに追われながら、無事ストレートで卒業することになりました。

根は真面目なので教員免許もゲットしました。

(教育学部ではなく理系の学科だったため、まあまあ取得大変でした。)

 

卒業後、専攻を変えて理系の院に進学しました。

工業高校、大学、大学院とそれぞれ、

情報系、電子機械系、光学系の専門分野を経験しています。

それはもうバリッバリの理系です。

でも一番好きな科目はいつも英語でした笑

 

More 私

もう少し深く私のことを掘っていきます!

 

良くも悪くもせっかちです。

早く結果を出したくてしょうがない。

「最近の若者は・・・」と言われるような、

キレやすい人間っていうわけじゃないです。

我慢も知ってます。

せっかちなところから派生して、

集合時間過ぎてるのに人に待たされるのも嫌ですね。

 

時間をしっかり守る

”時間(約束)を守らない奴は信用しない”をモットーに生きています。

恐ろしいくらい早くに集合場所にいることもあります。

先の”せっかち”と通ずるところもありますが、

社会人としての基本というか、大人としての基本というか

人の時間を割いてるんだから、時間は守れよ、みたいな感じです。

 

コストパフォーマンスを追い求めすぎる。

GAPの8割引きを待ってたら売り切れちゃったりなんてことがありますね。

基本的にケチと捉えられてしまいます。

こうなった理由の1つに、”お小遣いをもらう習慣がなかった”が挙げられます。

中学校から、ものを転売したり、デバイスの改造手伝ったりしてお金稼ぎしていました。

どうやら父親も子供の頃そういう生き方をしていたそうです笑

こういう精神が、今の”楽してお金稼ぐ、効率よくお金稼ぐ”みたいな思考につながっているかもしれません。

もちろん、飲み会とか断ったりはしませんよ。

 

主張が強い。

どうも自分を出しすぎてしまうところがあります。

他人の悪いところばかり目についてしまう

相手を否定し、自分の主張を通したがるところがあるかもしれません。

最近すごく気をつけています

 

なんだこれ、就活の自己分析みたいで恥ずかしいので次行きましょう笑

 

ちなみに、某大手のGDは主張が強すぎて落ちたみたいです。

企業によっては尖った人間より、柔和な人間が求められてるんですね~。

 

ネットビジネスやFXとの出会い

FXを始めたのは学部2年?か3年の頃でした。

その頃、ネオヒルズ族の○○さんの面接に行ったり

某MLMのセールスを受けまくったり

いろいろ模索していた時期でもあります。

 

学部3年の後半から学部4年にかけて

サークルの引退や就活(当時少しやっていた)、そして院試や卒論などにもまれながら

FX、バイナリーオプション、システム投資、株、ヤフオク、BUYMA、トレンドアフィリエイトなど

いろいろ手を出してきました。

 

児玉歩さんのセミナーに参加したり、

立石さんといった物販業界の有名人の方と飲み会でお話させていただいたこともありました。

 

ネオヒルズの悪質詐欺セミナーに5000円払って参加し、

高額の借金を背負った方や、彼らに100万くらいぶん取られた方と

将来の話をしたこともあります。

 

最近の話でいうと、2015年11月には、さといもさんという方にもお会いしました。

物販やメルマガで成功されている方で、とても熱のこもった方でした。

 

このようにいろいろなビジネスを経験しているだけでなく、そしてその成功者たち、

はたまたネオヒルズ族のような、悪質なセミナーで高額請求するネットビジネスの悪人たちと

一緒に酒の席を過ごしたり。。。

そこらへんの大学生では経験し得ないような濃い時間を過ごしています

(就活ではとてもじゃないけど言えません笑)

 

最近では、FX、ヤフオク、そしてアフィリエイトに絞っている次第です。

特にFXに関しては学生のくせに無駄に歴が長く、

資金の4割を一瞬で失ったり、資金が一瞬で数倍になったりといった経験をし

ある程度独自の理論が確立されてきました。

 

同じ大学生、いや社会人の方にもFXの魅力を知ってもらいたいなと思ってこのブログを始めた次第です。

 

それだけでなく、せっかく22年も生きているのだから何かしら

役立つことを、自分の経験を人に伝えたいなと思って日々更新しています。

 

まとめ

長くなりました。

 

まだまだ文章が下手で見苦しい記事も多いですが

温かい目で見守ってください。

 

意見やコメント、「会いたい!」なんていう希望があれば

遠慮せずに、お問い合わせ欄からご連絡ください。

新宿だとすごく会いやすいです笑